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パリのアル・サン・ピエールの館長さんの話が興味深かった。
中でも印象に残っていることは、 ART BRUTは、モダンアートであってコンテンポラリーアートではない。 画家のジャン・デュビュッフェがART BRUTと名前を決める前、20世紀初頭から、「正規の美術教育を受けていない人の作品」としての歴史がある。 言葉は、時にとても邪魔な、厄介なものに思える。 彼らの描いた絵を説明しようとすると、そこに必ず誤解が生ずる。 説明は、いらない、してはいけない。 今回の展示作品選びでは、作家に会わずに、ただ美しいと感じたものだけを選んだ。 現代作家の「プロ」と呼ばれる人の中には、自分の作品をART BRUTと呼ぶ人が居て、巧みにART BRUTらしく見せているが、それは本当のART BRUTではない。 真贋を見極める目をワレワレは磨かなくてはならない。 昨日少し話した中に、ART BRUTの作家は、”彼らの中にある「世界」に見えるものだけを作品にしている。”と、書いたが、私なりに解釈するに、描きたくて描いていたり、作りたくて作っていたり…とはまた少し違って、彼らの中のもう1人の自分の指示に従っているのではないかと思う。 私がそう感じるのは、かれらの作品の殆どが、下描き無し、下絵無し、図案無し、ぶっつけ本番で、紙がなくなれば引っ付けて使い、紙がなくなったという理由で、消して描き直すという事はしない。無秩序に広がって行くその先に彼らの世界が繋がっている。 もし、ただアウトプットを目的とするのなら、「間違った。」とか「こうじゃない。」とか、後戻りするような気がする。 彼らの作品には、「後戻り」がない。 会場の前で、表現し難い威圧感を覚えたのは彼らの気迫だったのかもしれない。 そして、その気迫によって、自らを出し切ったのが作品。 アウトプットの「結果」など、彼らにとっては、どうでもいいことなので、作品は「保管」という手段をとる。 そして、作品の多くは、人知れず、本人だけが知っている場所に「保管」されている為、誰かに発見されなければ、そのまま日の目を見ないで、闇に消えて行く。 それを発掘する役目はワレワレにある。 アル・サン・ピエールの館長さんが、「真贋の目を養う必要がある。」というのは、ここにも通じるのではないだろうか? それと、私も少なからず誤解していた部分があるのだけど、「ART BRUT」=「知的障害者、精神障害者の作品」と、誤解されやすいのは、彼らが長く、施設や、病院で生活するせいで、「正規の美術教育」への道が閉ざされているだけだ。 ART BRUT作品の多くが、結果的にそのような隔絶された場所で、作り出されたというだけで、そこだけを切り取って、イコールでつなげると、それは間違い。 そう考えると、かなり範囲は広がり、時代を遡ると、ラスコーの壁画や、埴輪やら土偶やら、アフリカ彫刻、ブゥドゥなんかも入るんじゃないだろうか? ペンダント「ヘイ・ティキ」 ジェンネ様式の両性具有像 呪術用の人像「ンキシ・ンコンディ」 (以上3点の写真は全て、2007年3月の芸術新潮より) 何年か前に行った、フランスの「シュヴァルの理想宮」や、去年行ったイタリアの「怪物庭園」までも…。 それでは、どこでART BRUT作品と、そうでないものの線を引くか…。 ジャン・デュビュッフェが作った言葉なので、やはり1945年以降の作品がそうなるのか? それとも、カテゴリーの枠を取っ払って、ART BRUTという概念またはtoolとして、扱って行くのか、いずれにしても、これからが、ますます楽しみだ。 (つづく)
by sunagimo-confit
| 2011-02-07 11:45
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